41日目
日本語と言語習得について
一万の例文、2000時間のイマージョン、一万ページの読書。目標を達成するたびに「まだまだだな」と感じてきた。ペラペラになるために今大事だと思うのは、使う機会を自分から作ること。
この二日間、ユーチューブで言語習得についての動画を見ていて、気づいたことがあった。AJATT(今まで使ってきた言語習得方法、調べたほうがいいよ!)を始めた時に二つの目標を立てた。一つ目は一万の例文を覚える。その目標はかなりデカかったけど、一生懸命頑張って、一年間で成し遂げた。二つ目は2000時間のイマージョン(対象言語に浸る、例えば聞いたり読んだり)をする。最初の一年間に興味があって言語習得についていっぱい調べて学んだ。一つの人気の仮説は「2000時間のイマージョンをすれば、日本語でペラペラになれる」というものだった。もちろんたくさんの異なった仮説があって、10000時間とかの仮説もあった。しかし、その時に他の仮説を無視して、2000時間のイマージョンをすれば満足するかもと思った。だから2000時間の目標を立てて、2000時間まで精一杯頑張った。およそ六ヶ月前にそのでかい目標をやっと成し遂げた。めっちゃ誇らしくて、人生で一番すごい出来事だったかもしれない。しかしその時、まだまだだなーって思った。理解力は結構高くて、全ての好きなメディアとかを楽しめるようになったけど、全然話せなくて、小説みたいな難しい文章を読んでる時にはまだたくさんの知らない言葉を調べないと理解できるわけなかった。一時的に、これからどうしようと思って、新しい目標を立てたかったけど、前の目標のモチベーションは二度と来ないと思った。いろんな言語学習者はいっぱいイマージョンをすると自然に話せるようになると断言していたので、それに沿った新しいイマージョンの目標を立てた。その目標は「一万ページを読む」ことだった。どんな本でもいい、ただ一万ページを読んだら、絶対ペラペラになれるんでしょう。その時から、数十冊読んで、面白いことを学んで、いい影響を受けた。日本語を覚えることを通じて、いろんなスキルを獲得して、自信も持てるようになった。オーディブルもダウンロードして、オーディオブックをまた好きになってきた。ツアーをしてる間にも142時間聴いた! 日本に来た時から、もうイマージョンの時間を記録するのをやめたけど、絶対一万ページ以上読んだと思う。しかし、まだまだだなー これからの目標はペラペラに話せるようになることだ。自己表現というか、考えたことを全て表現できるようになりたい。ちょっと難しいじゃん笑。最近見た動画で言語学習者がみんな同じことを言ってた。自然に話せるようになるまでの時間は五年から八年だって。面白いなーって思った。最初にAJATTを始めた時に、そのことを言っていた人たちを全員無視したと思う。そんなわけないじゃんと思って、2000時間で充分でしょうと。でもその時の「満足するレベル」は絶対今と全く違うレベルだと思う。その頃の俺はこの文章を見たら、びっくりして喜ぶでしょう。しかし、成長するにつれて、基準と希望も変わる。次の目標をどう成し遂げるのかは全然わかんないけど、挑戦することが好きだから楽しみにしてる。次の目標も前と比べたらちょっと抽象的だから、創造的にやり方を考えないと成し遂げられないかも。アイデアがあるんだけど、秘密だよ笑。成功したら教えるかもしれん。 文章を書くのは創造的なことだとしても、技というか素材はまだ足りない。どんなにプロのキックボクサーに勝ちたくても、技が足りないとワンパターンになって一瞬で読まれて倒される。どんなに家を作りたくても、煉瓦とか必要な素材がないと作れるわけないじゃん。もちろん材木あれば一時的にシェルターを作れるかもしれないが、いつまでも小さなシェルターに住むわけにはいかないじゃん。
いろんな本を読むことを通して、日本の作家と文学に憧れるようになった。ほとんどの文章を理解できても、まだ自分からそういう綺麗な文章は書けない。いつも理由を探してるけど、思ったより簡単かもしれない。一つの文法の構造を正しく使うと、ピンときて、その文法を「アンロック」したような感じがする。そのアンロックされた文法を使うたびに使いやすくなる。理解するために勉強していた時でも同じだった。それでも今は八十パーセントを理解できるとしたら、まだ二十から三十パーセントしか使えないかな。大事なのは機会だと思う、例えばある言葉を使う必要があれば、知ってる言葉の中で一番意味に近い言葉を選んで使う。いろんな言葉を知ってると、より多くの選択肢があって、いろんな言葉を話せるようになる可能性も高まる。
使う必要があればと書いたけど、使い方も大事だと思う。友達とか人と話してると、普段はよく知ってる言葉と文法しか使わない。特に文法、なぜなら言葉を間違ったら大体通じるけど、文法を間違ったら突然すべてが曖昧になって、時々全く理解されなくなる。その時に自信と信頼は大事だし、仲がいい友達と話してると何かを間違っても恥ずかしくない。それでも会話が途切れるからいつも申し訳ない気持ちになっちゃう。他の使い方は文章を書いてる時と独り言を言ってる時に使ったらいいと思う。これはめっちゃ大事だと思う。
最初は全然こんな練習をする気になれなかった。なぜなら、特に書きたいことがなければ、すぐにめっちゃつまんなくなるから。独り言も同じだった。みんなは(第二言語学習者たち)いつも話す練習のほうが好きと言ってるけど、個人的にはあんま好きじゃない。ただの感想だけど、何かを書けないと話せるわけないと思う。 個人の長期的な目標は日本語でポッドキャストを作ること。しかし、現状で作れるわけないと思う。だから言いたいことをまず書いたほうがいいと思う。別にすべての言いたいことを書く必要はないけど、慣れるために使いたい言葉と文法を何回も書く必要があると思う。
日本に来る前にあんまアウトプットをしたことがなかった。来た時に、旅の話を日記を書くモチベーションとして利用して、書く習慣を身に着けることができた。時々全然書きたくないが、毎日日記を書きたかったので、書かないわけにはいかなかった。大体書き始めると、すぐにもっと書きたくなるので、きっかけというか、前に書いた通り「必要性」を作るのが大事だ。いつも外的な必要性を待っていたら、いつまでもペラペラになれないと思う。だから能動的に必要性を作った方がいいというわけだ。すべての上手な言語学習者にはその共通点がある。ペラペラになりたかったからこそ、モチベーションを見つけて、言語を使う機会を作った。もちろんたくさんの人たちはある国に住むことによって自然にペラペラになった場合もあるんだけど、その人たちもそれなりに頑張ったし、詳しい数字は知らないが、能動的なやり方よりも何年も長くかかった可能性が高い。
要するに、ペラペラになるためにどうすればいいかと聞かれたら、現在の感想は「使う機会は大事なので、早くうまくなりたいなら、自分から機会を作ったほうがいい。モチベーションがないなら、必要性を人工的にでも作って、習得しやすい環境を作れ。」ということだ。